本記事は、羽田国際高校における養蜂プロジェクトの事例(こちら)について、その要因を「組織の寛容性」と「越境学習」の観点から学術的・政策的エビデンスに基づいて解説・考察するものです。
平賀先生の個人の資質だけでなく、学校組織が提供した「環境」こそが、偶発的なアイデアをイノベーションへと昇華させた大きな要因の一つであることを裏付けます。
参考文献一覧:
・石山恒貴・伊達洋駆『越境学習入門:組織を強くする「冒険人材」の育て方』(日本能率協会マネジメントセンター, 2022)
・石山恒貴「越境学習における『葛藤』と『還流』のメカニズム」(日本労務学会誌, 2018)
・入山章栄『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社, 2019) – 第10章「知の探索・知の深化の理論」
・March, J. G. (1991). “Exploration and exploitation in organizational learning”. Organization Science.
・経済産業省「『未来の教室』ビジョン」(2019)
・経済産業省「未来の教室」実証事業(STEAMライブラリー構築等)に関する報告書
1. 【越境学習論】「ホームの壁」と組織の受容性
法政大学大学院の石山恒貴教授による「越境学習」の研究は、今回の事例を説明する最も強力な理論的枠組みです。
理論の概要
越境学習とは、個人が所属する組織(ホーム)と異なる環境(アウェイ)を行き来し、新たな知見を持ち帰る学習プロセスです。
しかし、多くの組織では、個人がアウェイから持ち帰った異質な知見(今回の場合は「養蜂」)に対し、ホーム側が「前例がない」「本業と関係ない」と拒絶反応を示します。
これを石山教授は「還流の遮断(ホームの壁)」と呼んでいます。
羽田国際高校の事例への適用
- 一般的な失敗例: 教師が「屋上で養蜂をしたい」と提案しても、「生徒の安全はどうする」「予算は?」「学習効果のエビデンスは?」と管理的な壁に阻まれ、実行に移されない。
- 羽田国際高校の場合: 管理職が「面白そうだから、やってみなよ」と受容的態度(Receptivity)を示した。
この「面白がる」姿勢こそが、異質な知見(アウェイの体験)を学校内(ホーム)に定着させるための「翻訳(Translation)」機能を果たしました。
参考文献:
石山恒貴・伊達洋駆『越境学習入門:組織を強くする「冒険人材」の育て方』(日本能率協会マネジメントセンター, 2022)
石山恒貴「越境学習における『葛藤』と『還流』のメカニズム」(日本労務学会誌, 2018)
2. 【経営組織論】「知の探索」と「組織スラック(余白)」
早稲田大学ビジネススクールの入山章栄教授などが提唱する「両利きの経営」の観点からは、プロジェクト初期の「ぬるっとした(明確なKPIのない)始まり方」の重要性が説明できます。
理論の概要
イノベーションには、既存の知を深める「知の深化(Exploitation)」と、遠くの知を探す「知の探索(Exploration)」の両方が必要です。
しかし、「知の探索」は短期的には非効率で失敗確率も高いため、合理的な組織ほどこれを排除しがちです。
これを防ぐために必要なのが「組織スラック(Organizational Slack:組織の余白・余裕)」です。
一見無駄に見えるリソースや時間を許容することが、中長期的な革新を生み出します。
羽田国際高校の事例への適用
- ぬるっと始まる重要性: 平賀先生たちが明確な教育効果や数値目標を最初から求められず、「とりあえずやってみる」ことが許されたのは、学校組織に「スラック(余白)」があったからです。
- 成果: この「余白」があったからこそ、理科的な観察にとどまらず、商品開発(経済)、パッケージデザイン(美術)、地域連携といった予想外の方向(イノベーション)へとプロジェクトが進化しました。
参考文献:
入山章栄『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社, 2019) – 第10章「知の探索・知の深化の理論」
March, J. G. (1991). “Exploration and exploitation in organizational learning”. Organization Science.
3. 【教育政策】経済産業省「未来の教室」と心理的安全性
国の教育改革の方向性としても、羽田国際高校の事例は「モデルケース」として位置づけられるのではないでしょうか。
政策の概要
経済産業省が推進する「未来の教室」事業では、学校が社会から孤立した「タコツボ」から脱却し、「社会に開かれた教育課程」を実現することを求めています。
そのために必要な組織風土として、失敗を許容する「心理的安全性(Psychological Safety)」の重要性が繰り返し言及されています。
羽田国際高校の事例への適用
- 社会との接続: 養蜂を通じて地域住民や企業と連携したことは、まさに「社会に開かれた」学びの実践です。
- 心理的安全性: 特別な能力を持つ教員でなくても、組織に心理的安全性があれば、教員自身が「エージェンシー(主体性)」を発揮し、変革の担い手になれることを証明しています。
参考文献:
経済産業省「『未来の教室』ビジョン」(2019)
経済産業省「未来の教室」実証事業(STEAMライブラリー構築等)に関する報告書
4. 結論:一般化可能な「成功の法則」
以上のエビデンスから、羽田国際高校の事例は以下のように一般化できます。
- 個人の熱意(Passion): 教員の「個人的な興味」を起点にする。
- 組織の受容(Receptivity): 管理職や周囲が、その異質なアイデアを「面白がる」ことで還流の壁を取り払う。
- 余白の許容(Slack): 最初から成果を求めず、試行錯誤の余地を与える。
この3要素が揃ったとき、学校現場では「理科の授業」を超えた「偶発的かつ包括的な学びのエコシステム」が形成されると言えるのではないでしょうか。
